個別指導の先生たち
色々な先生がいました。教職を目指し、教える経験を積む目的で入ってきた学生。その紹介で入ってきたアルバイト感覚の学生。予備校と掛け持ちしている社会人の先生。何らかの理由で退職して入ってきた元教師。なぜそこに居るのか良く分からない大学の助教授(?)。
私が初めて勤めた『学習塾』での話です。
そこは大手の個別指導専門の塾で、コンビニエンスストアなどと同様に、オーナーが本部から看板を借りて教室を開くフランチャイズ制の塾でした。
毎月本部に払うロイヤリティ、テナントの賃料、教室を維持していくために必要な様々な経費。本部直営の教室とは違い、人件費の多くかかる社会人の講師を正社員として雇う余裕など無いので、講師のほとんどはアルバイトの学生でした。
学生アルバイトの講師といっても、何年も教えているベテランの先生も居ますし、生徒と年齢も近いので、かえって社会人の講師よりも、生徒には好まれているようでした。
学生の講師たちも大学は違うとはいえ、同年代の学生同士なので交流も盛んで、塾のアルバイト自体が、サークル活動の一環のような感じで、活気のあるとても楽しい雰囲気の塾でした。
そういう学生の講師を見ていて感じたことは、有名な大学や教育系の大学に在籍しているからといって、必ずしも教え方がうまいとは限らないということです。知識があることと教えることとは、また別物ですから当然のことですが、つい本人の優秀さの度合いと、その教育力とを同一視してしまいがちです。
かえって優秀なだけに、生徒と同じ学年の頃に、抵抗無く学習し吸収できた事柄が多いので、生徒がどこでつまずいているのか理解しにくい傾向があります。
ただし、生徒が高校生で、講師と同じ大学を受験予定なら、年齢も近いですし、
受験や大学生活についての詳細な情報を持っていますので、理想的な講師とも言えます。
逆にそれほど有名では無い大学に在籍し、特に教職を目指しているわけでも無いのに、教えるのが大変うまい講師もいます。自分自身も苦労して理解してきた事柄が多いので、生徒がどこでつまずいているのか、その対処の仕方も自身の経験を通して知っているからでしょう。
その講師もそういった一人で、特に教えることが好きというふうにも見えず、塾講師の仕事は、数あるアルバイトの中の一つと割り切っているようでした。
その教室では、講師は生徒の前では決して「分からない」とは言ってはならない決まりになっていました。たぶん家に帰って親にそれを報告されると塾としては困ると考えたからでしょう。
そういう時にはどうするかというと、時間稼ぎに生徒には別の課題を与えておいて、その間にそっと他の先生に聞きに行きます。生徒も薄々気づいてはいますが、見て見ぬ振りをしてくれます。
ところが、その講師は違っていて、自分が分からない時でも、他の先生に聞きに行こうとはしません。正直に「自分には分からない」と言って参考書を持ってきて生徒の前で調べ始めます。何とかして解こうと逆に生徒に相談さえします。どうしても分からない時は「次に来るときまでに調べておくよ」と言ってさっさと次の課題に移ります。
普段から生徒の前で、堂々と解答を広げながら授業をする先生でしたが、その率直さがかえって信頼につながるのか、生徒たちに大変人気がありました。
指導の連続性についての疑問//以下は私見です
生徒の担当講師を決めるには、教室長が一度講師にその生徒を教えさせて、相性を見ます。合っているようなら、その講師が担当になり、学年の最後まで責任を持って指導する建前にはなっていましたが、なかなかそうはいきません。一年間を通して同じ生徒を同じ講師が教え続けることは稀でした。
理由の一つは、生徒がその講師が合わないと考えたら、いつでも他の講師に替えることができるシステムになっていたからです。
その気軽さもあるのか、頻繁に講師を替える生徒もいて、1ヶ月で何人も講師が交代するようなこともありました。講師のほうでも、どうしてもあの生徒とは合わないということで、替わることがありましたが……。
もう一つの理由は、これは無理からぬことですが講師とはいえ大学生です。本業ではありません。あくまで自らの学業を優先させなければなりませんし、塾を休まざるを得ない日もあります。そういう時には、他の手すきの先生が一時的に授業を代行しますが、学年の途中で大学のゼミや授業スケジュールの変更があって、どうしても自分の担当する生徒の来塾日と、自分が教えに来れる曜日が合わなくなり、結局は生徒の担当を替わらざるを得なくなる、ということもよくありました。
生徒の指導計画は教室長が決めます。教室長は講師の報告やテストの結果などから、個々の生徒の進度状況を把握しており、随時修正を加えながら講師に指示を出し、講師はそれに沿って授業を行います。
各生徒ごとには、それまでに行った指導内容を記入したファイルがあり、指導記録として残っています。
ですから、講師が度々替わったとしても指導計画自体は変わりませんし、引継ぎさえきちんとできていれば問題はなさそうですが、ただ、この指導記録には生徒の得手不得手、取り組んだ課題や授業態度などについても書かれてはいますが、全てが記録されているわけではありません。
この指導記録には記述されない多くの微細な事柄、つまり、こういう時にはこういう教え方をしたほうが、この生徒は理解しやすい。こういう場合はこういう対応をしたほうが、より効果があって生徒はやる気を起こす。などの場面場面によって異なる細かな事柄は、指導記録などにではなく、実際にその生徒に関わっていた講師の頭の中にあるわけですから、講師が度々替わることは、不効率ですし責任の所在が分散し、指導の一貫性を損なうことにもなります。
だからといって、専業ではない学生の先生が、教えるには不向きだとは思いません。本人の学業を優先させるのは当然の事ですから、あくまで塾側の問題です。
これは、教えることを専業とする社会人の講師が担当すれば起こりにくい問題ですが、
その人件費を考えると「個別指導」という指導形態は取りづらくなります。
学生の講師の存在があるからこそ、「個別指導」という指導形態が成り立っているわけですから、もし、学生の講師がいなくなれば、多くの個別指導形態をとるフランチャイズの塾は、激減するでしょう。